FC2ブログ

小さな凧揚げ大会




大分市鶴崎の友達Kさんから 凧揚げ大会するからと連絡がきていた
Kさんから昼食を奢ってもらい午後から公園での小さな凧揚げ大会へ
0290003856.jpg

0290003846.jpg

0290003847.jpg

児童たちはほとんど自作の折り紙で作った凧を揚げている
風が6m~7mもあり空撮凧は揚げられないので 自分も小型の凧を数種類持参し揚げた
0290003848.jpg

目玉もくるくる回っている 羽ばたきカラス凧のオレンジ色の凧も飛んでいる
0290003849.jpg

奴凧は強風ですぐ頭の部分の骨が折れたが 揚がることは揚がる
0290003850.jpg

0290003851.jpg

タコとイカの絵を描いた凧は風が強く引きが強い
0290003852.jpg

引きの強さを数人に体感してもらう
0290003853.jpg

0290003854.jpg

小型の六角凧も揚げてみた
0290003855.jpg

奴凧と羽ばたき鳥凧は会で真似をして作るというので寄贈した
0290003857.jpg

記念の集合写真
0290003858.jpg

喉が渇いたので大会が終ってK氏のお店に行きお茶を頂く K氏はお茶の北川園会長である
最近店の建物を塗り直された 角の瓦の下の赤い線は昭和18年の洪水でここまで水が出たという線である
この時の洪水は佐伯市でも番匠川が氾濫し当時市の中心の中村で薬屋を営んでいた我が家は1階は完全に
水没したそうである 自分はまだ生まれたばかりで2階で助かった
自分の記憶には当然無いがこの水害の話や 空襲で臼坪の防空壕におんぶされて逃げた事は何度も聞かされている
0290003859.jpg

今は次男さんが店を継いでいる 自分より9歳も年長さんであるが今もお元気で活躍していられる
運転免許証を最近 返納したので今はその事を後悔されている
0290003860.jpg

自分は最近天体写真に凝っていると伝えると 伊能忠敬みたいだという
K氏が伊能忠敬記念館で買った伊能地図全体縮小版 本物は全部広げると体育館にも収まらない
0290003861.jpg

伊能の地図が完成する前の日本地図はこの程度のものだった これもK氏所蔵の図
0290003862.jpg

この地図のいい加減さはひどい たぶんポルトガル人の作った地図がもとになっていると思う
0290003864.jpg

伊能忠敬は家業を息子に委ねてから 老後は死ぬまで日本中を歩いて地図作りをしたのだ
K氏は家業を息子さんに譲り今は鶴崎の歴史研究家の第一人者である
K氏の店のすぐ裏が 伊能忠敬が鶴崎で宿泊した場所の跡地である
0290003863.jpg

自分も伊能忠敬には敬服している
自分のホームページないにも大分県南の伊能図があるから是非
ここをクリック ←クリックしてご覧ください





コメントの投稿

非公開コメント

凧揚げに夢中な子どもたちの姿が微笑ましいですね^ ^
佐伯でのたこあげ大会、是非実現させましょう!考えるだけでワクワクします。

伊能氏の地図がどれほど日本の発展に繋がったか、計り知れません…偉大過ぎますね。

成迫様へ返信

大分県でも「豊の国たこあげ大会」を結構昔からやっていましたが
いつの間にか6年くらい前から無くなってしまいました

大分県に問い合わせても返事もありません
多分 指導する人間が年取ってきて 後継者がいないんです

自分ももう歳だし 自分が引っ張り計画するのは無理ですが
誰かが立ち上げてくれれば 応援協力
はします

伊能忠敬は 本当に日本で一番偉い人物だと尊敬しています
昔の高度計など観測機器はほぼ肉眼のみ 歩いて距離は測量し
そろばんで計算して ほぼ今と同じような日本地図をあの時代
作ったというのは すごいとしか言いようが無い偉業です。

天文学や数学が想像以上に発達していた事が日本はすごいと思います。

洪水・空襲体験

昭和18年の洪水では、カラス目さんは2階に避難して助かったようですね…。また当時は薬屋さんをしていたことも初めて知りました。空襲を受けて防空壕に避難された…とのこと、私も東京で生まれましたので母が空襲の時に防空壕に避難した話をよくしてくれました。カラスの目さんと同じ時代を生きてきましたので似たような体験も多いですね…。

洪水空襲体験

昭和18年の台風は最強だったようです 自分は赤ん坊で覚えていませんが
1階の薬など全部流され 空襲も激しくなり 薬も仕入れが出来なくなり
自分が赤ん坊の時 最初に話し始めた言葉が 「空襲警報発令」と
「空襲警報解除」と戦争に関するものばかりだったそうです

その後更に空襲は激しくなり 大分の稙田村という母の生まれた地区に
疎開し住んでいて お金の工面のため 父は味噌 醤油 石鹸そのた
生活必需品の作り方を謄写版で刷って それを全国紙(新聞広告)
で宣伝販売し少し金を稼ぎ やっと大分市に住居を構えました

でも貧乏だったので 幼少の頃はやせっぽっちで貧しく学用品も買ってもらえない
時代が続きました そのせいで 自分はなんでも自分で必要なものは
自分の手で作るという性格に育ちました。
カレンダー
05 | 2019/06 | 07
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

カラスの目

Author:カラスの目
パノラマ写真
立体写真
凧から空撮写真
天体写真
などで遊んでいる大分県在住老人

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
訪問者数