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人生は想定外




最近 同世代 老後破綻の話を聞く
自分の人生もいよいよ破綻するかもと危機を感じるようになった
以下に事実を書き留めておく 作り話ではない 実際に起こった本当の出来事だ

ブティックと子供服店の2店舗を20歳代から田舎の商店街で永らく経営していた
写真は婦人服トップメーカー「イトキン」 ルイ・ジョーネのオンリーショップをしていたころ
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自分は日本の有名ブランドベビー&子供服店を経営していた
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商店街でかかし祭りの時 あの頃若かった毎日頑張っていた365日年中無休で働いていた
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平成の初め頃 会議所を通して国・県・市に騙される


今後商店街の小規模店が生き残れるのは 今後のモータリゼーションに適合した
自前の駐車場などとコミュニティの場が必要になると何回も話を聞く
自分たちが自前の駐車場を作れば今後大丈夫と思っていた

当時通産省が全国に「コミュニティ事業」構想を推進していた それに乗っかったのである
結局国の高度化資金を借りて土地は借りて立体駐車場を建てた 5年据え置きの20年払いだから返済できそう
当時はこれで 安心だと思った プランを計画し立体駐車場を持つ「仲町プラザ」を完成
国から借りた高度化資金2億円以上 自分の返済すべき負担金は2店舗分の700万円を越えていた
当時はまだバブル時代常に1000万円くらいの借入金はあり 土地も店舗も借金の担保で抵当に入れていた
700万円なら25年もあれば返済できると思ったし 駐車場ができればお客が増えると思った

ところがこの「立駐プラザ」が出来たとたん 大型ショッピングセンターが郊外に出来る事になった
我々商店街は反対運動を起こしたが 佐伯市自体が誘致したのだと思う 郊外の農振地区に出店が決定

今度は大型店に騙される

当時大型店問題が起こった頃 大型店が田舎の都市に出店した場合今までの街を壊す事は
広く知られていた 大型店出店審議会(商業者代表・消費者代表・学識経験者・地元首長)も何回も開催された
この審議会では大型店出店を佐伯市に許可すると許可しないの両論併記されたものが最終提出された

ところが意見が分かれた場合地元の首長の意見が最優先されるのである 結局審議会自体が無いに等しい
佐伯市の大型店出店希望地は農業振興地として指定されていたので商業者は安心していた
市長は職権で突然農振地区指定を解除し 大型店が突然開店するのである もう無茶苦茶な政治だ

当然市長は再選ならず 我々の押す他の市長になったが その市長になって市長はすぐに病死
信用金庫理事長で商工会議所会頭は我々商売人の考えを無視し この大型店に支店を作ったが その後
この信用金庫はすぐ倒産した

当時ベビー子供服店は大型店内に入らないと絶対生き残れないとメーカーから聞いて十分知っていた
大型店が実施した出店説明会で地元の店の希望者は出来る限り入店できるように配慮する説明があった

そこで大分市内の本部に出向き 出店を申し出たが あなたは出来ないと断られた 大型店に騙されたのである


結局郊外に大型ショッピングセンターなどが出て来た為ついに自分の子供服店は閉店
オープンしてびっくり 自分の店が取り扱っていたブランドがすべてメーカー直営で出店していたのである
自分は廃業した大きなストレスにより潰瘍が多発小腸から出血・下血し手術で小腸の3分の2を失った
これら直営店は佐伯市では採算があわずそのうち大型店から退出
単に自分の店を潰すのが目的で開店当時自分が扱っていたブランド品をわざと入れたのだ
今はこの大型店のベビー子供服売り場はつまらない安物の商品の店ばかりになっている
田舎向けの安物を扱う売り場に変わってしまった 高級品は置いていない 大分に行けという事だ

大型店は羊の皮をかぶった狼である

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バブルがはじけてしまって全てが崩壊


その後徐々に商店街は衰退婦人服店は家内一人で数年間頑張ってもらったが売り上げは下がる一方でこちらも閉店
時々店舗を借りてくれる方もいたが 家賃を下げても借り手が無い時代になった
仲町プラザを建てた時の自分の負担金は苦しい生活の中からやっと全額返済し終えたばかりだ
土地と店舗を手放す事にこの夏決定
今年3月に固定資産税の通知と一緒にこのような紙切れが
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空き店舗登録しても今の世借り手はない
建物を壊すのには金がかかる 「空き家除去促進事業」とあったので少しは壊すのに補助金がでるのか
直接市役所へ行ってみた 駄目だった
これは住宅地で人様にかなり迷惑をかけて今にも壊れそうな建物を対象とした事業であり
商店街の空き店舗は対象外だった

土地建物があるから当然固定資産税を払っているし 無駄な高額な火災保険にも何十年も入っている
建物が傷まないよう時々窓をあけて風通しもしたり 裏の雑草を手入れしたりしてた
これらが自分が老いてかなり負担に感じて来た 個人商店だったので収入は国民年金だけだ

国民年金が市の不手際で減額されていた ←クリック

来年から消費税も10%になる 解体費には消費税がかかる
このさい すべてを処分する事にした バブル時代は田舎の商店街でも坪100万円で売れて実際に
百万円以上で土地の売買があった 今なら坪10万円~15万円で売れるかもと予想してた
あれから 20年以上経ち商店街の土地を買う人もいないし 土地を売るには建物を解体するしかない

思い立ったらすぐ実行 台風シーズン過ぎて 今年10月中旬から解体開始
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以下4枚の写真は解体が終って解体業者が作成してくれた写真アルバムから
アスベストは無かったようだ アスベストがあると解体費が高くなる
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これは住宅2階部分だな
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店舗だったので蛍光灯などは多い
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解体を初めて1か月間で全部解体終了 約90坪の商店街では広い更地になった
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11月の末 ついに土地を手放す事にした
解体費用はアーケード内なので自分の予想を大きく超え消費税込みで500万円以上にもなる
不動産屋さんの仲介で解体量をわずかに上回る600万円で売ることができた こんなに安くしか売れないのだ
想定外だった 少なくとも更地にしたのだから1500万円以上で売りたかったのに 悔しい残念!
測量費・建物滅失登記や銀行の抵当権抹消など仲介手数料が数十万とこれまた多額になった
約90坪の面積なので昔なら
9000万円評価の土地が バブルがはじけて結局差し引きタダ同然になったのである

大きな大きな人生想定外の出来事だった
しかしこれで 自分の子供に負の資産を残さず処分でき 人生終活の一つを処理できた
今はほっと一安心だ 全国の商店街で同様に歯抜けシャッター商店街が増え続けている

国の補助金使った補助事業に騙されてはいけない
仲町プラザを建てる前は70件から80件近くの商店が狭い商店街にひしめいて元気があった
今営業してる店は十数件しかない 倒産して逃げた店からこのプラザの資金は返済されることは無い
という訳で 自分も逃げるように 商店街から出たのだが 国から借りた自分の借金700万円以上をやっと最近完済した

店も土地を処分したのは人生終活活動のひとつであった いつでも迎えが来てもいいが
もう少し孫の成長を見る為 残りを頑張って生きていくぞ




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終活

カラスの目さんの終活の記録、じっくりと読ませていただきました。バブルの崩壊、大型店の進出、行政の無責任、地域の少子高齢化…などでカラスの目さんの生活設計が根本から変わったのですね…。カラスの目さんは昔は私設の天文台をお持ちだったと思います。その頃はお店の売り上げも多かったのでしょうね…。佐伯の中心地に二店舗も展開されていた頃は晩年の心配も無かったことと思います。終活として店舗の取り壊しと土地の売却をされたとのことでした。自分の一生を始末するようで辛かったことと思います。しかしお子さんやお孫さんに心配ごとを残さないようにされたことは立派です。これからは自分の体調管理を第一にお子さんやお孫さんの成長を楽しみましょう。第三者的に書きましたが、私もバブルの頃に購入した土地の処分問題、娘の潰瘍性大腸炎問題、などをかかえています。持病の糖尿病とも一生の付き合いです。

終活

凧男さん こんばんは
一番売り上げが多い時は年商7000万円以上ありましたが 利益は少なかったですね

でも又いつか良くなるだろうと思っていましたら どんどんバブルがはじけてしまいました。

経済感覚?

カラスの目さんは「一番売り上げが多い時は年商7000万円以上ありました」とのことです。2つも店舗を持っていた時代は高収入だったんですね…。サラリーマンの私は年収が1000万を超えたのは管理職になった時だけです。でも税金を引かれた実収入は800万くらいでした。やはり自営業の方々は高収入なんですね…。借入金も返還し店舗の清算もプラスになったのですからカラスの目さんは晩年は安泰ですね…。健康にご留意されて長生きされますように祈っております。 

年商と年収は大違い

凧男さん お早うございます

みなさん 大概年商を年収と勘違いしています。

年商とは年間の店の売上の事です 商売人はメーカーから仕入れてそれを売り利益を得ます

当店が取り扱っていた商品は一流メーカー品でどこの専門店でもデパートでも同じ値段で
売られています 商品の値札タグに価格が明記されています。 

ファッション雑誌でみてもモデルさんが着用してる服にはきちんと価格も書かれています
その価格は上代といいます 仕入れ値は下代と呼びます。

下代は取引規模で違いますが 大体68~70%が下代です。
当店は売り上げが少ないので70%くらいで仕入れています 仕入れた当初は
どこも定価販売ですが 2~3か月も経つとバーゲンに入ります。

結局バーゲンせずに全部売れると年商7000万のうち3割の2100万円が粗利益となります
しかし 結局バーゲンで売る為 粗利益は20%以下となり 粗利益は1400万円くらいで
そこから 仕入れにかかる旅費など費用 店員の給与や宣伝広告費 店舗改装費 銀行借入金の返済
当時は銀行借入金の利子が年10%以上で大変でした
それにエアコンなど高い光熱費など支払うと 年収はわずか200万円あるか無いかというのが
商売人の実情です。

実質年収500万円もあるサラリーマンはとてもうらやましかったです
こちらは本当に年中無休で元日は一日中棚卸で 一日も休みが無く
当然 旅行なんてまったく行けませんでした

親の面倒を見る為仕方なく25歳でサラリーマンを辞めて家業を継ぎましたが
本当はサラリーマンがうらやましかった

自営業は 自由で気楽なんではありません 年商と年収は全然別なものです
ですから 自営業者の入る国民年金はわずかな掛け金です
もちろん退職金など自営業を辞めても自分で積み立ててなければありません

自分はサラリーマン時代もあるので厚生年金も含まれていますが それでも年間90万円以下の
年金収入ですから 家内は年金70万円 どんどん生活はひっ迫しています 商売が栄えていた頃
自分の土地は9000万円で将来売れるだろうと思っていました

今でも2000万円でうれると予想していてなんとなく心に余裕があり安心して暮らしていました。

それが 全くの想定外でただになったのです
ただでも 今後固定資産税や 火災保険料を払わなくていいので
今回少し安心しました。

仕事を辞めて自分や妻が入っていた生命保険のすべて解約し自宅建築費支払いや生活費に回し
溜めていた預金を切り崩しながらですから いつまで持つかですね
老後破産は我々現実の問題です
もう あまり長生きしないようにぽっくり死にたいと望んでいる今日この頃です。

サラリーマン

カラスの目さんの貴重なお話ありがとうございました。我が家は貧農からの分家で住む家以外の資産はありませんでした。農業では生きていけなかったので祖父の時代からサラリーマンでした。定期的に収入はありましたが常にギリギリの生活でした。ただ私たち4人兄弟は大学を出してもらえましたので何とか都会でサラリーマンとして生活できました。私もサラリーマンで子供4人を全員大学まで出しましたのでかなり厳しい経済状態でした。子供は全員定職に就き、全員結婚しましたので今はようやく夫婦で旅行ができるようになりました。退職金も家の建て替えや車の購入で残り少なくなりました。後期高齢者になり平均寿命に近づいてきました。元気な間に好きなことをして死にたいと思っております。(笑)カラスの目さんも健康にご留意されて好きなことに時間とお金を使ってください。

貧乏なので頑張れた

凧男さん 農家だったのにご両親は教育に理解があったのですね

うちの父は 教育に全く理解や協力はなかったです 父も大工のせがれで小学校しか出ていません
自分は 小学校へ上がってもランドセルや筆箱や画板とか学校用品を
買ってもらえず 親父の兵隊の時使っていた国防色の肩かけ袋で6年間通学 遠足と言えばあの兵隊の持つ
水筒 脚にはゲートル巻き(さすがにこれは笑われて1回だけでやめ) クレパスは6色しか買ってくれません
勉強なんかせんでいい それより店を手つだえと育てられました

クレパスは6色でしたが絵は上手かったので 新聞社主催の展覧会で入選しその景品が大概絵具関係で
助かりました 父は戦後何もない状態から大分市中心部で露天商で商売始めましたが
戦後復興で 露天商は追い出され佐伯市で小さな奥行き1間の店を借りて衣料品の商売を始めました

中学で学校から進路はどうするのかという時に 父は大阪に丁稚奉公に出すと云っていたので
勉強が出来る自分は丁稚に行きたくなく どうかして高校は出たいと探して一番月謝が安い
国立の熊本電波高校を受験しました 家から離れただけで嬉しかった 3年間安い寮生活で高校を出ました

その後外資系会社の技術員として5年働きましたが 英語が出来ないと出世しないのが分かり
また 父親が今まで借りていた店舗を購入したというので 結局商売を始めました

当時は年商(年間の売り上げ)1200万円でとても貧乏でした
父親と同じ商売をしていたら喧嘩ばかりになると解っていましたから
店舗も土地も担保にいれて 隣の土地を購入し自分はベビー子供服店を開店させ
次第にのびていき途中で親父に引退してもらってから 自由にやりたいように
商売をして 7000万円以上の年間売り上げを上げるまでになりました
自分で自由に金を使える時代になり 田舎に土地を買って天文台を建てました

いつも借金借金との闘いで 仕事を辞めても借金支払日の夢をみました

今は借金もないのですが 夢は大概仕事をしている(商売をしている)夢を見ています
何故ですかね 今回土地を売るのにその抵当権なども外すのに手数料が取られました

お金がないので とにかく工夫とかの技は誰よりもあるはずです
貧乏だったので ここまで頑張って来られたと思っています もう少し頑張れそうですが
昨日も医者でブロック注射を売って痛みを軽減しながらの生活です

いえいえ想定内だと思っています。

カラスの目さん

  身につまされる、これまでの歩まれた道、興味深く読まさせてもらいました。EQM-35Proを譲っていただいたキジトラです。ご無沙汰ですが、困った時の天文指南ブログを有り難く読ませてもらっています。

  タイトルに記しましたように、カラスの目さんの人生は決して想定外とは思えません。天文に目覚め、天文台をも建てられた頭の良いヒトが、リスクなどないと言って人生を生きられるわけは無いと思われます。ただし、信じたヒトに裏切られるという想定外はあるかも知れませんが。カラスの目さんは、全てが嘘つきで無責任の公務員や政治家にだまされた人生ではないでしょうか。私も市役所などに出向いた時、いつも職員に対しては厳しい目で見ています。少しでも疑問な行動やミスをした時は、これまた厳しく追及するようにしています。自覚を持たせるためです。彼らの働きぶりは、全てが「問題の先送り」です。とにかく、自分の保身が一番大切。少しでも自分に責任がかかると思われるものは投げ出して結論を出さない。自分の金銭的や出世に足しになることがらは、一気に進める。全ての公務員はこの有り様で、公僕なんてあり得ません。民間で出来ることは、決して公や政治を巻き込まないことが肝心だと思います。

  最近はAZ-GTiマウントに凝っています。まだ実際には撮影には至っていませんが、楽しみは後に残すという精神で、ちびりちびりと進めています。カラスの目さんも、健康だけは本気で考慮しなくてはいけませんが、天体撮影を継続させて、初心者用のマニュアルを公開していただければ助かります。その間に、天体作品を公開していって下さい。

No title

キジトラさん こんばんは

ブログ読んでくださり有難うございます
そうですね 僕も役所と何回も言い合いしました その度お役所の無責任や
あきれた事が山ほどあります 政治家や役人は信じない事にやっと気が付いたこの頃です

もう今後の生活には彼らと関係が無くなると思います

また マウント交換したのですか どれか一つに絞って練習したほうがいいと思います

こちらは 店も土地も失ってしまい気落ちして今何もやる気をなくしていますが
きょうはふたご座流星群が条件最良だそうなので ほったらかしで オリオン座の方向に向けたまま
1分露出を繰り返して どれかに流星がはいるか 今試験しています

天体撮影の面白味って何なんでしょうか?

こんにちは、カラスの目さん

カラスの目さんが天文に戻られてホットしています。昨夜の流星群、キジトラはたったの1個を見ただけです。ゼロでなくて良かったと前向きに考えることにします。

人生想定外と言えば、生まれてきたこと自体が奇跡であり、想定外です。生まれてきたからには、お終いがおのずと生じるものであり、このことはなるべく頭に上らせて考えることをしないようにしています。奇跡ですから、超自然であり非科学的で非論理なので、考えること自信無意味なことだと思っています。そのためにも、天文の趣味は一助になります。

>また マウント交換したのですか
   いえいえ、マウントはスカイメモS以外の使い道は考えていますので、ご心配ありません。

それにしても天体撮影の目的は何なのでしょうか。最高の鏡筒、赤道儀、カメラを使えば自ずと優れた天体写真が撮れます。それでもハッブル宇宙望遠鏡には到底叶いません。所詮、自己満足の世界で、創造性はゼロです。学生時代に15㎝の反射鏡を手に入れ、やっとの思いで望遠鏡を結果が米粒の土星。あの時の虚しさは忘れられません。天体撮影には、新しさや個性や創造性が見出せません。最近の天文雑誌に入選する作品は、驚くほど高価な機材を使ったメーカーからのお返しではないかと思わせます。つまり雑誌社と機材メーカーの共作。

それでも天体撮影、天体観測に興味を持つのは何故でしょう。自問自答しています。キジトラの現在の天体の面白さと言えば次のようなものです。、
1.これまでに無い鏡筒、赤道儀、カメラの組み合わせ。
2.想定外に安価、あるいは簡単な機材で、想定外の優れた天体撮影を実現する、あるいは切れる眼視を実現する。
3.安直で簡素な工程で優れた撮影あるいは眼視を実現。

所詮、機材や操作に興味が湧くのであって、本来の宇宙や天体からはかけ離れたところです。裏を返せば、天体を趣味に持っても、宇宙や天体に関する発見は何も期待してないし、出来ないとあきらめているわけです。カラスの目さんや、その他の方々はどのように思われているのでしょうか。  (長文失礼)

天文の趣味

天体関係の趣味を最初に持ったのは 小学校6年生頃でした
多分「子供の科学」という雑誌を見て 雑誌の広告ページで4cm800mmのレンズと
接眼に使う小さな凸レンズを買って ボール紙で望遠鏡を作りました 倍率を下げると
月のクレーターが見えて 高倍率は難しい事がわかりました 色消しレンズではなかったので
無理だったのです

次に子供が生まれて初めて一眼レフカメラを購入しましたが
昼間は商売で撮影に出かける事はありません 結局星を撮ってみて天体写真に興味が湧きました
目がだいたいひどい近眼と白内障も出かかっていたので 写真撮影すると星々が分離して見えるのが
面白かったですね タカハシのMT-200望遠鏡も当時買いましたが自宅を建てた時全部売り払いました

その後デジカメ時代になって デジカメでは駄目だろうと 天文の趣味は辞めてしまいましたが
数年前 デジタル一眼とソフトによるコンポジット合成で素晴らしい写真が撮れる事がわかりました
最初は赤道儀も自作でしたが やっぱり精度が自作ではだめなので
ポータブル赤道儀SWATを購入しています

雑誌や人の作品はほとんど見ません 機材に投入した金額により 写真はおおきく変わります
またあまり画像加工にも真剣になれません 写っていればいいと思います自己満足だけです

どちらかというと機材を自分で加工したり使いやすいように工夫するのが一番面白いです
ポータブル赤道儀でも600ミリレンズを使えるとか これは自分なりの工夫だと思っています
レンズはシャープさに欠けるシグマの望遠ズームですが これで十分と今は思っていますし
もう歳で体も無理が出来ないし これ以上欲張る必要がないと思います
天体写真も日没1時間後から午後10時までくらいで 夜中には寝ています

もともと機械屋なのだと思います 高校を出てすぐNCRというレジスター会社で数年
機械のメンテナンスの仕事をしていたからですね

今までやって来た パノラマ写真 立体写真  凧を作って空撮写真などと一緒で単なる遊びです
今は毎日が日曜日で時間つぶしに なにか考えて工夫するのがいいのです

手作り望遠鏡

カラスの目さんのコメントに小学校6年生の時に手作りの望遠鏡を作った…という記述がありましたので再度、コメントをします。実は私も中学校1年の時の夏休みの宿題で手作りの望遠鏡を作りました。DDT噴霧器の紙の円筒や布を巻いてあった円筒などを組み合わせて市販のレンズを買って作りました。三脚も木製で作りました。月のクレーターがはっきり見えた時は嬉しかったです。夏休みの作品展で金賞をもらいました。(金賞は複数いましたが…)家が貧乏でしたので何かを作る楽しみを覚えました。天体関係には進みませんでしたが手作り写真機に凝ったり、仕事関係でも手作り感覚で出世?したこともあります。カラスの目さんほど難しいことはできませんが同じような体験をしてきたので追加コメントをしました。長文、お許しください。

手作り望遠鏡

凧男さん こんにちは
凧男さんも 望遠鏡を作った事があったのですね

僕も当時レンズで遊ぶのが好きでした それが今もつながっていると思います

望遠鏡へのあこがれ

キジトラも小学生時代に抱いた望遠鏡への憧れがありました。小学生の頃は、小説とは無縁の漫画少年でした。漫画の一コマ(チャンバラもの)で、お姫様が天守閣から町民の様子を望遠鏡で伺う場面がありました。眼視では見ることができない町民の様子が望遠鏡で見通す場面なのです。これには驚きました。見えないものを見通すことができるのが望遠鏡なんだ。それ以来、望遠鏡が欲しい、欲しい、欲しーい、と。確か、グリコのおまけ券を何10枚か何100枚送ったら望遠鏡が貰えたような。しかし、貧乏な少年時代、とてもそんなに多くのグリコを買えるような時代ではありませんでした。

そのうちに、虫メガネを使って望遠鏡の原理はコーだのって理解できるようになり、見えないものが見えるわけがないということも分かるようになってきました。こうして、望遠鏡への夢、憧れは一気に崩れ去ってゆきました。しかし、子供の科学で見た?、アイピースのオルソ何ミリとかいう、オルソだけは頭に刻まれていたことに今さらビックリしています。
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