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かもめ星雲と震災




昨日3月11日は東日本大震災から8年だった
震災の翌年から数年間この3月11日が来ると 被災者に追悼の意味での凧あげとして
この白い凧を揚げて来た


もうこの凧あげも自分では終わった

昨夜月齢4.8だったが「かもめ星雲」を撮影してみた
いつものポターブル赤道儀SWAT350にM-GEN使用である
いつもは東向きの空しか撮らないが珍しくすぐ西空に入るので西側に向くようにした
レンズは400ミリF5.6の開放でカメラはEOS6DHKIRである
撮影時刻は19時51分~21時20分 感度は3200 露出は130秒間を41枚撮影できた

41枚をステライメージでコンポジット合成した散光星雲かもめ星雲
0290003893.jpg

この写真をコンポジットしながら NHKテレビの「あの日の星空」
大停電に陥った被災地満点の星に託した思い という追悼番組を見た
おそらくあの日大停電で夜は真っ暗星だけがたくさん輝いてみえ それこそ肉眼で
6等星までも見えていたのだろうと想像する

普通に暮らしていると 星空などだれもそこにあることを気付かないだろう
死んだ人が星になって輝いてみえたと思ったに違いない 星が綺麗とは口では言えなかったのだろう

自分が子供の頃 母親があれが「おおくま座」とかあれが「こぐま座」とか指さして教えてくれた
まだ小学生の頃大分市中心部でも星は無数に見えた
当時市役所など大きなビルは煤で真っ黒だったし 当時停電も多かった
母の話では空襲で防空壕に入って 星空を見ると 遠くで大分市が燃えて真っ赤な空だったが
星もたくさん見えたと聞いた事もあるし すばるの7つ星1つは有馬温泉の湯につかっている
などと 星の話をいろいろ聞いた事を今懐かしく思い出す

文明が発達し世の中が明るくなった 人類が数十万年星を見ながら生活していたのに
この50年か60年の間に夜空が明るくなり 人は星空を見る何十万年続いた習慣が無くなってしまった




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