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大分学研究会in竹田

大分学研究会の第1回おでかけ例会が竹田市で開催されました。
車で竹田に来る方は市役所前駐車場集合です 
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バスで大分方面からJRを利用してくる方(こちらの方が断然多い)を迎えに竹田駅前へ
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バス1台では乗り切れないので市役所の車も出して出発
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まず向かったのが西南の役激戦地だった岡です 鴻巣台の桜の大木下です
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以下パノラマ写真や小さい写真はクリックすると少し大きな画像で見られますので
写真をクリックしてご覧ください
地元の方が説明してくださいました。 019519.jpg 歩いて広瀬中佐の墓へ向かいます この辺は茶屋の辻と呼ばれる場所です
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これが広瀬中佐の墓で右にお父さんの墓 左に姪・馨子(けいこ)の婿の広瀬末人の墓があります
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広瀬家の墓がある場所から 総合運動公園が見降ろせます
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西南の役で戦死した犠牲者の供養塔です  右は広瀬中佐の家が建っていた跡です 今は石垣が残るのみ
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広瀬中佐を祀った広瀬神社へ向かいます
広瀬武夫は軍神として神格化されました

広瀬武夫について
1868年(慶応4年)5月27日、豊後国竹田町(大分県竹田市)に生まれる。父は岡藩士で、幕末期に倒幕に加わり、明治維新後は裁判官として大阪・岐阜など各地に赴任。 海軍少将広瀬勝比古は実兄。 1885年(明治18年)、兄勝比古と同じく海軍兵学校に入校(15期生)。*同年生まれの秋山真之は17期生 日清戦争従軍後、広瀬は必ずやロシアと戦うときがくると考え、これに勝つにはロシア語を知り、ロシア海軍を研究しなければならないと考え、早くから独学でロシア語を学ぶ。 それが認められて、1897年(明治30年)にロシアに留学及び駐在する。留学中にロシア各地の海軍工廠や造船所・軍港などの海軍施設をよく見学する。 1899年(明治32年)にはロシア留学からロシア駐在に変わり、イギリス・フランス・ドイツの海軍施設も視察して其の戦力を詳しく調べている。 1902年(明治35年)に帰国することになるが、その際にはイルツークまでは鉄道に乗って、其の輸送能力を調べ、そこからは雪中のシベリアをソリで横断し内情を探った。 戦艦「朝日」の水雷長として日露戦争に出征、日露開戦で海軍の当座の敵はロシア旅順艦隊だったが、これを旅順港に閉塞させる作戦が発動、第一回の「報国丸」、ついで第2回の「福井丸」指揮官として参加する。 「福井丸」自沈用の爆発点火に船倉に降りた杉野孫七上等兵曹が帰らず、他の乗員をカッターに移らせ、「杉野、杉野」と杉野上等兵槽を三度に渉り船内に捜したが発見できず、カッターに移乗して離船した瞬間に敵弾が命中、数片の肉片を残して戦死。 その部下を思っての死は「軍神」として伝説化され、国民的英雄となった。 酒も煙草も遠ざけ、生涯独身を通したが、ロシアの日本大使館付武官時代、海軍省水路部長子爵ウラジミール・コヴァレフスキー少将の次女、アリアズナとのロマンスの経験をもつなど、深い教養と誠実で明るい人柄の魅力的な人物でもあった。
とNHKの資料にありました。

「広瀬中佐の唱歌」尋常小学校唱歌 ユーチューブより


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映画「日本の一番長い日」の主人公阿南惟幾(映画では三船敏郎が演じました)の顕彰碑前で
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この写真では広瀬武夫がブリーフをはいています
NHKのドラマ「坂の上の雲」では 広瀬武夫はふんどし姿でしたが 最近分かった事実によると
明治時代の当時日本男子はふんどしだったそうですが 広瀬はここまで立派に成長した姿を祖母に見せるため
ブリーフをはいて写真を撮ったのだそうです
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坂の上の雲で
広瀬武夫の恋人アリアズナを演じたロシアの美人女優が来月竹田市に来る予定になっているそうです すごい
ドラマで広瀬役にぴったりとはまった藤本隆宏とこの写真はまさしく似ていました
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広瀬神社前で
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竹田市の歴史資料館へ向かいます ここの広瀬中佐銅像は大分県の辻畑隆子先生作
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サンチャゴの鐘(国指定重要文化財)です 1612年に作られた事が印されています
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岡城の模型です立派な城だったんですね 
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今度は滝廉太郎が少年時代に住んだ家に向かいます
ドイツの音楽院に留学中の滝廉太郎はロシアに留学中の広瀬武夫に「荒城の月」の楽譜を送ったそうです
広瀬武夫はそれをロシアの友人の家に持って行ってピアノで演奏してもらったそうです
弾き終わると聴衆は感動し「こんな素晴らしい曲を日本人が作曲できるはずがない」と信じてもらえなかったのだそうです
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写真はクリックして大きな写真をご覧ください
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竹田市役所でこんどはおでかけ講座の開始です
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辻野会長が竹田市長首藤勝次氏を紹介します
首藤勝次氏は日本とドイツの交流を20年以上推進し両国の友好関係の発展に尽力したとして
「日独友好賞」を受賞しました
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竹田市長のお話は大変面白く有意義です みんな熱心に聞いています
来年は岡藩が城下町を形成して400年目にあたり 岡藩に伝わるあの「サンチャゴの鐘」が鋳造されて
これまた400年 まだこの400年間誰もサンチャゴの鐘の音色を聞いた事がないという
文化庁に来年この鐘を鳴らしたいと申し出ていますが まだ決まってない もし文化庁が駄目というなら
全く同じ複製の鐘を作ってでも来年は鳴らすのだとか 数多くの目標を持っている市町です。 019568.jpg  019569.jpg
商工観光課の林氏による「竹田の魅力」発表
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竹田市直入町がドイツに持っているブドウ園で育てたブドウから造ったワインです
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夜は交流会 竹田ならではの食事と酒 右のビールは竹田の地ビールでもうすぐ新発表されます
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この前岡城からの凧揚げ手伝ってくれた宮成さん こんどまた11月に行くから
凧揚げ手伝ってくださいね
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久しぶりに翡翠之庄の社長とも会えました 右の女性は市役所の職員で私と同じ志賀さんです
竹田市は私の志賀性が多くその為 嬉しいのです
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こうして 第一回のおでかけ例会は楽しく開催できました。 楢本さんご苦労様 竹田市の職員さんも頑張ってください
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